キャリアプラン

住田 圭一 先生-留学体験記

名前  住田圭一 
留学タイミング:卒後 11年後、学位取得後 年後 (留学後に学位取得)
留学先(国):テネシー大学ヘルスサイエンスセンター腎臓内科(アメリカ)
研究留学か臨床留学:研究留学(留学期間:2015年4月~2017年3月)
留学中の研究領域・テーマ:米国退役軍人の大規模コホートを用いた、新規CKD発症に関連する危険因子、および透析導入後の予後に関連する透析導入前の危険因子の同定

―留学を希望するまで、なぜ留学を望んだか

一臨床医として日々患者さんの診療に携わる中で、ふとした疑問(“クリニカル・クエスチョン”)がしばしば生じる一方、その中には未だ正解(“科学的根拠”あるいは“エビデンス”)が存在しないものも少なからずあることに気付かされました。そのような中、日常診療で生じたクリニカル・クエスチョンを学術的なアプローチによって検証する臨床研究の分野に興味を持ちはじめました。ただ当時は日本国内で臨床疫学・統計学を系統的に学習し、実践できる機会が限られていたことや、漠然とした海外留学への憧れもあり、臨床疫学研究の盛んなアメリカで疫学や統計学を学びたいと考えるようになりました。

―留学先を決定するまで、どうやって決めたのか

私が留学を志した当初は、より系統的に臨床疫学・統計学を学びたいとの思いからジョンズホプキンス公衆衛生大学院(Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health: JHSPH)での公衆衛生修士号(Master of Public Health: MPH)取得を目指しておりました。そのような中、幸運にもJHSPHの松下邦洋先生のご厚意でテネシー大学ヘルスサイエンスセンター(University of Tennessee Health Science Center: UTHSC)腎臓内科のCsaba P. Kovesdy教授をご紹介いただき、オンラインでの面談を経て、UTHSC腎臓内科の客員研究員としてKovesdy研究室へ留学することが決まりました。なお、留学直前にJHSPHへ入学することもできたため、留学中にJHSPHのオンラインMPHコースを受講しMPHを取得しました。

現在JHSPH疫学講座の教授をお務めの松下邦洋先生は、CKDの国際共同研究であるCKD Prognosis Consortium(CKD-PC)を含めた臨床疫学研究の第一線でご活躍されている先生ですが、留学先やその後のキャリアパスを選択する上で私が大きく影響を受けた先生の一人です。松下先生に初めてお会いしたのは、先生が招請講演で来日された際の学会場だったのですが、JHSPHのMPHコースについてお話を伺いたく私が突然一方的にご挨拶に伺ったにもかかわらず、快く相談に乗ってくださいました。さらに前述のように、Kovesdy研究室を留学先としてご紹介いただいただけでなく、JHSPHでの指導教官として直接丁寧なご指導をいただき、大変感謝しています。

―留学するまで、何か必要か、何を準備すべきか

海外留学の目的や留学先に応じて必要となる、あるいは準備すべきものは異なるかと思いますが、英語が国際的な学術機関での共通語である現状を考えると、日常や研究生活で必要となる英語力は留学に必要不可欠な要素になると思います。英語があまり得意でなかった私の場合、JHSPHの入学に必須であったTOEFL(Test of English as a Foreign Language)を通じた英語の勉強が、その後の留学生活に活かされたと感じています。臨床研究留学を目的とした場合、疫学や生物統計学の基本的知識や、統計解析ソフトを扱う技術を習得しておくことは大切ですが、それと同じかそれ以上に重要となってくるのは臨床疫学研究を通じて明らかにしたい疑問(リサーチ・クエスチョン)とその仮説を自分自身の中である程度明確にしておくことかもしれません。それにより、その問題を解決するために必要な臨床データ、さらには研究デザインなども大まかに把握することができ、留学後スムーズに研究を開始することが可能となります。留学先が決定していない場合には、自身のリサーチ・クエスチョンを解決するために必要となる臨床データやコホートの利用可能性を考慮し、留学先を探すという選択肢も出てくるかもしれません。

―留学してから

留学中、私は主に米国退役軍人の大規模診療データベースを用いたコホート研究とMPHコース受講に取り組んでいました。UTHSCでのコホート研究やJHSPHのMPHコースの具体的な内容については、以前、日本腎臓学会の海外情報留学サイトの「留学先からの便り」へ寄稿する機会をいただきましたので、そちらのサイト(https://jsn.or.jp/ryugaku/_3519.php)をご参照いただければ幸いです。

―留学後のキャリアパス・プラン

2年間の留学後は、日本に帰国して再び一臨床医として勤務していましたが、縁あってUTHSC腎臓内科の教員となる機会を与えていただいたことから、2018年11月からUTHSCで一研究者として研究生活を開始しました。幸い2020年夏に米国国立衛生研究所(National Institute of Health: NIH)からのR01グラント(5年間、計約290万ドル)を獲得できたため、大規模コホート研究に加え、PI(principal investigator)として自身の研究プロジェクトも進めています。一研究者として継続的なグラント獲得が求められるチャレンジングな状況ではありますが、複数年に渡る大型研究予算を得ることで初めて成し得る研究も実現可能であり、アメリカで研究者として働く上でのやりがいや醍醐味になると感じています。また、他分野の研究者との垣根を超えた積極的なコラボレーションや知識の交流は、アメリカの研究環境の特徴の一つであると同時に、アメリカ国内に幅や深みのある研究プロジェクトが数多く存在する理由の一つであるようにも感じています。

―キャリアプランとしての海外留学のメリット

キャリアプランとしての海外留学のメリットは数多くあると思いますが、中でも大きなメリットとしては、国際的な視野を身につけられる点と、研究分野での世界的なエキスパートとの人脈を構築できるという点にあるように思います。特に後者は、実際に海外の研究室に一定期間身を置き、現地の研究者との直接的な交流によって得られる部分が大きく、その意味でも実際に海外留学を経験した研究者の大きなメリットになると考えられます。ここでいう“交流”は必ずしも研究活動を通じたものに限らず、私生活なども含めた日常のあらゆる交流が人脈形成や維持に大きな役割を果たすことは、あえて説明する必要はないかもしれません。そして、これら海外留学で得られた国際的な視点や人脈は、留学後のキャリア形成において様々な側面でプラスになるものと思います。私自身がアメリカの一研究者としてのキャリアプランを選択する上で、海外留学が必要不可欠であったことは言うまでもありませんが、臨床研究留学から帰国後も、国際的な人脈を保ちつつ、日本から国際標準の臨床研究成果を発信し続ける形でその後のキャリアを形成されている腎臓内科の先生方も多くおられます。そのような先生方の歩まれているキャリアが、キャリアプランとしての海外留学のメリットを物語っているかもしれません。

―留学に際して、腎臓領域の医師/腎臓学会会員でよかったこと

腎臓学会には、海外留学の経験がある、あるいは海外で研究者あるいは臨床医として働いた経験のある(または現在も働かれている)先生方が数多くおられ、臨床や研究、学会の場でそのような先生方が活躍されている姿、また直接お話を伺う機会を通して、海外留学を比較的身近なものに感じさせてもらえたように思います。また、海外留学経験がなくとも、国際的な幅広い視野をもち臨床や研究に取り組まれている先生が沢山おられ、海外へ目を向ける機会を広げていただいたような気もしています。さらに、腎臓学会の学術集会や日本国内で開催される国際学会を通じて、海外の著名な先生方から最先端の研究内容を聞く機会を少なからず得られることも、腎臓学会会員であるメリットの一つであると思います。

―海外留学を目指す先生方へのメッセージ

近年のオンラインコミュニケーションの発展・普及とともに、日本にいながらも海外の研究者と比較的容易に交流を持つことができ、海外留学を目指す意義も年々変化しているように思います。その一方で、海外留学を行い、一定期間海外に身を置くことでのみ得られる感覚や経験、知識があることも事実で、それらは留学後のキャリアパスに多様性を与えてくれる貴重な財産になると思います。海外留学を一つの機会に、国際的な視点で物事、そして自分自身を見つめなおすとともに、正解のない自分だけのキャリアパスに繋げていくことは、国際性や多様性の重要性が高まりつつある中で、今後更に重要になってくるかもしれません。

終わりになりますが、本寄稿の機会を与えて下さいました日本腎臓学会、日本腎臓学会理事長の南学正臣先生、そして日本腎臓学会J-NEXT委員会の岸誠司先生、三島英換先生にこの場を借りて感謝申し上げますとともに、私のキャリアパスが、これから海外留学、とりわけ臨床研究留学を志す方々の一助となり、皆様の留学生活とその後のキャリアパスが充実したものとなるようお祈り申し上げます。